ドーハの悲劇とは、1993年10月28日にカタールのドーハのアルアリ・スタジアムで行われた、日本代表とイラク代表の1994 FIFAワールドカップ(アメリカ大会)のアジア地区最終予選の試合の最後に起こった出来事のことである。
終了直前まで2-1でリード。初のワールドカップ出場を目前にしながら、ロスタイムで同点とされ、アメリカ行きの切符を逃してしまった。
このことがドーハの悲劇として語り継がれるようになったが、今、日本は第二のドーハの悲劇に直面しようとしている。
IOCが突如、東京オリンピックの華であるマラソンと競歩のコースを東京ではなく、気温が5~6度低い札幌へ変更することを検討するニュースが流れたのは16日のことだった。
夏の東京は暑いということで対策としてスタート時間を午前6時に設定した。道路は路面の温度が上がらない舗装にやり直した。
日本陸連は暑さ対策で9月に本番と同じコースで暑さに強い選手をMGCで選考した。
ところが、先に行われた国際陸上のドーハ大会で、暑さ対策に夜中に行われたマラソンと競歩は途中棄権者が続出したことから、選手の間でも批判が起こり、急きょ札幌開催が持ち上がった次第だ。
まさに第二のドーハの悲劇が起ころうとしている。
選手ファーストとは言え、組織委員はそれ以上に東京に照準を合わせて準備を重ねてきている。
マラソンコースとなる場所に面するビルは絶好の観戦スポットで、早くも会社の接待用にビルを貸し切り、ホテルの手配まで済ませているケースもある。
会場変更の綱引きは始まったばかりだが、小池都知事はどう押し返すか、手腕の見せ所だ。これで予定通り東京になれば、小池の株もちょっとは上がる。
しかし、札幌開催はIOCは東京へ相談もなく既定路線。
輻射熱対策の道路の舗装工事は300億円もかかっている。都は300億円かけても宣伝費と思っていたが、これがパー。
選手ファーストと言われれば、都民ファーストの小池知事はぐうの音も出ない。この損害はIOCに請求できるのか!
そもそもくそ暑い8月にオリンピックを開催するのはアメリカのテレビ局の意向である。10月開催ならこんなドタバタ劇もなかった。
土壇場になっての札幌開催は第二のドーハの悲劇として後世に語り継がれていくことになる。