日々のニュースから業界ネタまでかきなぐります


by tetorayade
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

日記魔だった守屋容疑者の几帳面さ

日記を書き始めたのは大学1年生のときの正月からだった。それから卒業するまで書き続けた。田舎に置いていたその日記帳を持って帰ってきたのは数年前。改めて開くことはないが、開けば瞬時にあのころにタイムスリップできる。

そう、日記とは過去に戻れるタイムマシンである。

再び日記を書き始めたのは結婚してジョギングを始めたときだ。走った時間とコースを記録するためだった。引越しでジョギングを止めると日記も停まった。

日記がホームページという形に変わったのは2002年だった。1年半ほど続いたが、ホームページサービスが終了とともに、書き溜めた日記も消えた。

2004年9月からブログへと切り替わった。当初は身辺雑記だった。3カ月ほどすると時事ネタを取り上げるようになり、現在のスタイルになる。

ずいぶん前振りが長くなったが、元防衛省事務次官の守屋容疑者は大の日記魔だった。会合であった人の名前や場所も克明に記録していたようだ。

この守屋日記は警察に証拠書類として押収されているようだ。

守屋容疑者と山田洋行の宴席に額賀大臣も出席していた、いや出席していなかった、と泥仕合の様相を呈しているが、この日記がかなり重要な手がかりとなりそうだ。

ただ、これを元に額賀大臣の証人喚問を行えば、一気に政界ルートの解明ができそうなのに、野党の足並みが揃わない、という珍現象になっている。泥仕合に時間を割きたくないとでもいうのか。

額賀大臣は当日の日付入りの写真を証拠として提出している。

ジェームス・アワー元米国防総省日本部長は、自民党寄りに宴席には「額賀大臣はいなかった」と守屋証言を否定した。

日記に真っ向から反対する形を取った。

新聞記者が「サンズイ」と呼ぶ汚職問題は、かつては政治家や官僚の不正を暴く花形記事の一つだったようだが、今回は妻の守屋幸子容疑者の方が主導権を握りながら業者にたかっていたわけで、なんか拍子抜けする。

相当ひどいことをしているのに、嫁が出てくることでブラックコーヒーにミルクを入れた感じだ。

ところで、毎日食べた昼飯をブログで克明に記録しているが、これは後年どんな役にたつのだろうか。


人気ブログランキン
[PR]
by tetorayade | 2007-11-29 22:29 | 社会ネタ | Comments(0)