夜7時過ぎ、自転車に乗っている時だった。
暗闇をつんざく奇声が背後から聞こえてきた。その大声がどんどん近づいてきた。
振り向くと自転車に乗った若者だった。
最近は脱法ハーブで自動車運転して逮捕されている現場映像がよく流れているので、当事者はてっきり脱法ハーブか、薬物中毒者かと思った。
特に覚せい剤中毒患者は凶暴になって何をしでかすか分からない。
怖くなって少し走った先で、路地に入って自転車を止め、背後から来る自転車をやり過ごそうとした。
その時だった。
大声奇声発生自転車は追い抜いた先で止まり、こちらを睨んで、威嚇し始めた。
「これはヤバイ」と感じた当事者はすぐに110番して、電動アシストママチャリを3速にギアを入れ、猛ダッシュで逃げた。すると大声奇声発生自転車も再び追っかけてきた。
何をされるか分からない。最悪、殺されるかも知れない、と恐怖が襲ってくる。110番をかけっぱなしで、自転車をこぎ続けた。
電動アシスト自転車の威力で何とか振り切った。
110番はつながったままで、警察から「捜査協力してください」ということで、分かりやすい場所を指定した。
すると自転車に乗った警察官とパトカーが1台、待ち合わせ場所に到着した。
そこで分かったのは知的障碍者が2時間ほど行方不明になっていて、当人の捜索願が出ていたのだ。
「知的障碍者風でしたか?」
「暗闇で顔はほとんど見えてないので、それは分かりません」
「赤いリュックサックを背負っているのですが、それは見ましたか?」
「逃げるのに必死で見ていません」
逆に質問した。
「行方不明になった時は自転車に乗っていたんですか?」
「自転車には乗っていませんでしたが、途中で自転車を奪った可能性があります」
話を総合するとあの奇声は知的障碍者だった可能性があるが、それが誰か分からない時は、恐怖の方が先立ち周りの状況を細かく把握することはできなかった。
本当に恐怖に襲われた時、人は脱糞するというが、その一歩手前だった、という。